去年の今日

去年の今日、8月10日に信じられない知らせが届いた。二男の同級生だったエリナちゃんが交通事故で亡くなったとのことだった。

小学校の入学式で二男と並んで入場したエリナちゃんは、愛らしく快活なお嬢さんだった。仲のいいご家族だということは、彼女を見ればよくわかった。愛情を注がれて育ってきた優しさに、天性の朗らかさがくわわって、誰からも好かれる娘だった。私自身、4人子どもを育ててきて、PTAや子ども会でもたくさんの子どもと関わったけど、こんなにステキな娘に会ったことはない。亡くなったから言うんじゃなくてね、本心から。
「教育実習先、決まったらしいよ」と息子から聞いたのは、それほど前ではない。彼女が先生になるって、とてもとても素晴らしいと思った。「いいねー、エリナちゃんが先生になるっていいねー。なんか嬉しいねー」と、関係ない私まではしゃいだ。彼女の前には輝く未来が開けていて、それは続くものだと、誰もが思っていた。

お通夜と告別式が営まれたお寺には、本当にびっくりするくらい人が溢れて、葬儀屋の手順の悪さを責められないほどだった。20歳そこそこの女の子を見送るのに、1000人の人が集まるなんて誰が想像できるだろう。とんでもない魅力の持ち主だという証明でもあり、人数の多さがいっそう寂しさを募らせた。

お焼香までの長い列を、みな黙って並んでいた。偶然隣に並んでいた中学時代の担任の先生がポツリと「クラス会で、この前会ったばかりだったんですよ」と言った。「エリナちゃんがいつも中心になってましたね」と、私も小さな声で答えた。

はねた車は憎いけど、みんなそんなことは言わず、ただただ彼女の死を哀しんでいるように見えた。たまに嗚咽が聞こえても、また静かになった。みな、どうしていいのか分からなかったんだと思う。

中学も同じクラスだったこともあり、息子のことをいつも心配してくれていた。彼の心が弱りきってしまった日に、何人かで「泊まっていきます!」と言って、ずっとそばにいてくれた。親は何もできず有難かった。
告別式の後、息子は火葬場まで見送りに行ってしまったそうで、親族でもないのに常識知らずと怒られそうだけど、私は許した。エリナちゃんも「仕方ないなー」と言ってくれるだろうと都合のよい解釈をして。

昨日の夜、息子が「明日は命日だよ」と言った。
まだ1年なのか、もう1年なのか。
年をとらなくなってしまった彼女は、どう思っているのだろう。

※2011年8月10日Facebookノートに掲載したものです

1 個のコメント

  • 辛い体験を親子共に感じましたね。
    あなたに会う数年前にこの子のように事故にあう少女を事故から救って声を失ったのは友人や関係者は知ってますが、まさか声の事情をこんなにも人に尋ねられるとは思わず、めんどくさいから五年と言ってます。(笑)
    最後のどう思ってるだろう……深い亡き息子さんの友人を思う気持ちが気になり、慰めるとかではなく、自分の経験から少しまたお話ししてみます。
    自分は、幼児教育学部卒、その後東大医学部を学び建設会社に仕方ない運命で在職する運命になり、一級建築士や様々な資格を現在も取得邁進中です。
    幼稚園教諭、保育園教諭、ピアノはその過程の中必要な学問で学ぶしかなかったかな。(笑)
    指は手が小さく短いから大変苦労しました。
    ギターも…(笑)
    余計な話しにそれました。
    すいません。
    父親が俳句の先生を若い頃から趣味をもちやってたらしく、定年退職後先生になり、何千人も生徒さんがいることに気がついたのは、葬儀直前でした。
    父親が亡くなる前に俳句をある支部に送っていました。
    後に葬儀屋さんが会計に尋ねられた時にわたしが体験したふたつを話しました。
    ひとつは、荼毘に伏せ深夜父親が横に寝ていて声も出なく、涙してる自分がいて自然に目が閉じる体験をして、話したらよく聞きますよお別れと最後にありがとうを伝えにされてるんですよ。
    ふたつめは父親の俳句を見せました。
    わたしも幾度か大学病院に勤務してた患者様より、事故から回復する体験に川が流れてて花がきれいな場所にいて、橋の向こうでおじいちゃんがまだ来るなと言ってたから橋を渡らなかったら目が覚めて病院にいたとか…数々聞き、三途の川らしき話しはあるんだと確信して医療関係者は理解してるかも知れません。
    この俳句は貴重な俳句ですよ!
    僕も拝見させて頂き良かったぁ。
    その俳句は生前書き送ってあり、亡くなり知った最後の俳句です。

    草萌えの野に遭ふ数の死後の人

    身の浮きて幾野越えゆく春の川

    離脱体験をしていたのです。
    何を伝えたいかは、この後に綴ります。
    元気が出る作者より

    私が「山形宗教学」という、不思議な響きを持った言葉をはじめて聞いたのは、千歳栄さんという、民間の思想家の口をとおしてだった。
    千歳さんは、山形市に住んで、大きな規模で建設業を営んでいる。
    家伝の大工の棟梁として、自分が生まれ育った東北の大地の上に、家を造り、庭を立てる仕事に、このうえない喜びを感じてきた方である。
    日本人の精神性の危機というようなことが言われるが、しかし、精神を生み育てた大地のことを考えなかったら、結局はむなしい議論で終わってしまう。
    千歳さんから「草木塔」というものの存在について教えられた。
    植物の供養塔で、人間だけでなく、草も木も、みなことごとく仏になれるという。
    日本で独自の発展を遂げた仏教の思想だが、実際にはもっと古くから、人びとのこころをとらえていた考え方だ。
    わたしは、千歳さんから、「草木塔」と、
    そして、里人が死んだとき、その魂は肉体を離れて、美しい「端山」(はやま)の頂に登るという、霊は「端山」の頂に三十三年とどまって、残してきた子どもや家族をじっと見守るのだという。やがて、さらに高い山に登り、そこから天に行くのである。
    そう語るとき、千歳さんは、とても静かな深沈とした表情だった。
    寡黙だけれど、しかし不思議な明るさに満ちた人。
    その穏やかな目の光によって、わたしはうろたえ、こころの、奥で赤面したのである。
    あのうろたえを、忘れたくない。

    ちょっちょちゃんと同じで、無宗教なので都合のいいところだけ、話しとして頭に入れます。(笑)
    長くなりすいませんが、きっと彼女は家族や大切な人を見守ってますね!(笑)
    それを伝えようと思って長くなりました。
    あとコメント入れようとしましたが、こちらにしまする。
    前旦那さんの話しは触れたくないので、多分お母さんに自分が、似ているかも知れません。
    大工の源さんみたいな部分やなんでも、1人で生きて来たからなんでもできます。
    あっ!お酒はちょっちょちゃんと同じ(笑)
    いわゆる中田家の血に近いかも知れません。
    違う!って言われるかも知れませんが……
    ( ; -᷄ ω-᷅)……

    ではまたどこかでお会いしましょう!
    残り時間も頑張って下さい。
    素敵な思想をありがとう!

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    ちょっちょです。
    4人の子どもと4人の孫に恵まれましたが、パートナーはおりません。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん楽しんで、たくさん悩んだ波瀾万丈な人生。まだまだ面白がろうと思っています。
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    Ally(アライ)であることを表明しています。

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