長男の結婚式

2011年11月、長男の結婚式。本当に佳き日だった。

私には特に信仰する宗教はないが、目に見えない大きな手によって、子どもを持ち育てる機会をもらい、その子が素晴らしい伴侶と巡りあったことに、あらためて感謝の気持ちでいっぱいになった。

多くの人の祝福を受ける息子を見て、周囲の方たちにずいぶん助けてもらってきたことが、走馬灯のように思い出された。ありきたりの表現ではあるけれど、そんな感じだったので。

1983年、21歳の私は日に日に大きくなるオナカを慈しんでいた。友だちの多くがまだ学生だったけれど、「まだ遊びたい」という気持ちは不思議となく、母になる喜びでいっぱいだった。“母親認定試験”があったら確実に落ちただろうほど、家事能力に差し障りがある自分だけれど(謙遜でなく、かなりの家事下手)、わが子と会える日を楽しみに楽しみに待っていた。

後に「僕は試作品だから」と息子に言われてしまうくらい、初めての子育ては試行錯誤の連続で、キリキリすることもあったし、放ったらかしのこともあった。学習能力も運動能力も飛びぬけているわけでなく、学芸会で目立つタイプでもなく、友達付き合いもさほど多くない。中学も高校も部活は1学期で挫折する始末で、妙に頑固なものだから、先生方にもずいぶんご迷惑をおかけした息子。

思慮深くて、弟妹思いは人一倍だったが、あまり表にあらわすことを好まない子だった。「あまり誉めてもらった覚えがない」と言われたこともある。そうだったかもしれない。君を育ててこれたことをいつも誇りに思っていたけれど、口や態度に出すことは、あまり無かったかもしれない。ごめんね。

ずっとクールに見せていた長男が、結婚式の挨拶で言葉を詰まらせ、「感動してしまって…」と人前で自分の感情を吐露していた。お嫁さんと出会ったことが彼を素直にし、良さを引き出してくれているのだと思った。忙しい私に代わって何年間も家族の食事を担当してくれて、長女が入院した際には甥の面倒を見てくれて、たくさん助けてもらった。これからは、新しい家族とともに助け合っていくんだね。君ならきっと大丈夫。

お嫁さんがご両親への感謝の手紙の最後に、「水流家にあたたかく迎え入れてくださって感謝しています。一人っ子だった私に弟と妹ができて本当に嬉しいです」と言ってくれて、涙が止まらなかった。隣に立っている別れた夫からも、すすり泣きが聞こえてくる。長男から「お父さんも呼んでいい?」と聞かれたときに快諾してよかった。人を恨む気持ちからは何も生まれない。挙式のリハーサルから泣いてしまっている父親の愛情を、長男はしっかりと受け止めただろう。

いただいた花束の一部を仏壇に供えて、母に報告した。妊娠中の診察に一緒に通ってくれて、誰よりも長男の誕生を喜んでくれた母。長女を出産するときは2歳の長男をずっと預かってくれて、その2ヶ月後に還らぬ人になった。

母にも晴れ姿を見せたかったなーと思う。悔いがあるとすればそれくらい。

 


※ずっと家族ぐるみで付き合ってきた私の中学来の友人が撮影。招待してくれた長男にも、参列してくれた友人にも感謝。

※2011年11月7日Facebookノートに掲載したものです

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

ちょっちょです。
4人の子どもと4人の孫に恵まれましたが、パートナーはおりません。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん楽しんで、たくさん悩んだ波瀾万丈な人生。まだまだ面白がろうと思っています。
私が感じていることが、どなたかの心に響けば幸せです。

※万覚帳(よろずおぼえちょう)とは、まだ余白がある帳面のことです。雑記帳、メモ帳