【か】蚊取り線香と学校と片岡仁左衛門

地域とのつながり

沼袋には子どものころから住んでいたが、自分自身が地域とつながったのは、PTAの校外委員がきっかけだった。地区委員会主催のお祭りの手伝いに行き、子どもは家庭と学校だけでなく、地域にも育ててもらっているんだと実感した。

4人の子どもは地区委員会のミニリーダー講習会に参加し、キャンプに連れていってもらったり、イベントでパンを焼いたりと、いろいろな経験をさせてもらった。

中学校のPTAで、もっと密接に地域と関わることになり、継続することの大変さと尊さを学んだ。

私の親世代の方々が、暑い夏の日に公園の中を動き回る。子どもたちが楽しめるように、安全に過ごせるように、イベントを切り盛りする。

腰に蚊取り線香をぶら下げた姿が、妙にカッコよかった。

※画像はお借りしました

近隣の町会は活動が活発なのに、なぜか我が町だけ子ども会が無く、大先輩がたと一緒に『沼袋東子どもとともに進む会』を発足。引っ越してしまった今も、年に一、二度は手伝いに通っている。

町は、子どもたちの居場所であり、大人になってからの帰る場所、帰りたい場所であってほしい。幸せの青い鳥は目の前にもいると気づいてほしい。

いることを許された場所

中学時代の私は、家に居場所が無いときは学校にいた。一番に登校して、思いきり窓を開けて、校庭を眺める。一人、また一人と登校してきて、校舎が少しずつ目を覚ましていくのを感じるのが好きだった。

世間を騒がした校内暴力事件の数年前のことで、荒んだ雰囲気もあるにはあったけれど、新しい朝は必ずやってきた。

下校を促されるまで学校にいて、帰宅してからカバンがないことに気づき、慌てて戻ったら、朝礼台の上にあったことがある。単なる置き忘れなのだが、カバンが「待ってたよ」と言ってくれた気がした。左手の方向から差し込む夕日を浴びたカバンは、何ともけなげだった。

私にとって学校は“いることを許された場所”だった。居る権利と言ってもいいかもしれない。一時期、家庭が居場所で無くなっていたので、学校に救われたと思っている。

雪が降ると訳もなくみんなではしゃぐ

居場所は、自宅でも、学校でも、体育館の裏でも、友達の家でも、稽古場でも、グラウンドでも、コンビニでも、居酒屋でも、どこでもいいんだけど、

誰にとっても必要なものなんじゃないかと思う。

学校を居場所だと感じられない人もいるだろう。

そこにいるかいないかは、自分で選んでいいんじゃないかな。

学校だけでなくて、家庭や会社も、

いるかどうかは、自分自身で選んでいいと思う。

もっとも好みの顔

居場所は?と尋ねたら、「横浜スタジアム」と答えそうな二男が、先日唐突な質問をしてきた。

あ、もとい、先日「も」唐突な質問をしてきた。

「お母さんさぁー、一番好みの顔の有名人って誰?」

何の脈略もなく、会話のテーマが決まるのは水流家の日常なので、「なぜ急に?」とは思わず回答を考え始める。

「んー、顔だけネェ………ロバート・レッドフォードかなぁ………」
「ふーん。日本人は?  やっぱり幹二さん?」
「幹二さんはトータルで大好きだけど、顔だけと言ったら………
んーーーーー………
片岡仁左衛門さん!」
「これはまたビミョーなところで突っ込みどころがないね(笑)」

歌舞伎は数回しか観に行ったことはないけれど、顔の好みでいったら、この方だなと気づく。

2016年三月大歌舞伎プログラムより

若いころから素敵だが、お年を召して人間国宝になられた今のお顔がより好きだなぁ。基本はココ。

ちょっちょ
「か」は、かに座もあったなぁと書き終えた後で思いました

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

ちょっちょです。
4人の子どもと4人の孫に恵まれましたが、パートナーはおりません。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん楽しんで、たくさん悩んだ波瀾万丈な人生。まだまだ面白がろうと思っています。
私が感じていることが、どなたかの心に響けば幸せです。

※万覚帳(よろずおぼえちょう)とは、まだ余白がある帳面のことです。雑記帳、メモ帳