【ふ】筆と風呂と藤城清治

愛しき筆文字

私が敬愛してやまない岩楯和美先輩は、さまざまなジャンルで活躍する見目も心も麗しき才女である。素敵な先輩に親しくしてもらえることがとても誇らしい。特に憧れているのは長く書に親しみ、書を深め、書を広めていらっしゃることだ。

ご縁があって2017年に参加できた『大人の手ならい 〜やさしい品格の書』の教室では、筆の使い方だけでなく書の道や書の文化も教えてもらえ、苦手な筆に初めて魅力を感じることができた。

繰り返しの練習が全然出来ていないので、美しい文字を書けるようにはなっていないが、熨斗袋を使うときは墨をすり、丁寧に書くようになった。それだけでも私にとっては進歩である。

そんなに悔しがらなくても…

亡くなった母は、キリリとした巧い文字を書く人だった。

母は、夏休みの宿題や家庭科の提出物を手伝ってくれたことがない。母親に手伝ってもらっている友人たちの話をしても どこ吹く風だった。そんな母が、一度だけ代わってくれたのが中3の宿題の書き初めである。

課題は無いことを告げると「漢字だと大人っぽくなりそうだから平仮名にする」と言って、勢いよく『たこあげ』と書いた。私はそれを提出し、友だちには翌日「実はママが書いたんだー」と言おうと思っていた。

翌朝クラスに入ると、たこあげの文字の下に銀紙が貼ってある。順位が付くなんて聞いていなかったが、銀賞ということらしい。
げっ、、、みんなに言えないじゃん、、、

母に銀賞だったと伝えると、「中3に負けて2番なんて!!」と憤慨し、書き直すからもう一度出せと言う。それはおかしいからと言ってもよほど悔しかったのか引き下がらない。何とかなだめすかして諦めてもらったが、ものすごい労力が要った。

後に友だちにも打ち明けたので、母の負けず嫌いエピソードとしてみんなの思い出にも残っているはずである。

大人の手ならいの時に書いたハガキ。母に似ず筆は苦手ですが、友人に送ったら喜んでくれました

湯気の中での思い込み

忙しい母であったが、いろいろと話をしながら育って来られたのは、風呂屋通いだったことも大きいだろう。たとえ喧嘩をしても、一緒に風呂屋に行って背中を流し湯船に浸かれば、帰り道は話しながら帰ることが出来た。ちょっとした関係修復システムである。

高校卒業後に就職してからは帰宅時間が遅くなり、一人で仕舞い湯に行くことが増えた。商店を閉めたオバサマたちが一日の疲れを癒す時間。ちょっと視線が冷たかった。

ある日、風呂屋で見かけるオバサマが、私が運転するエレベーターに乗ってきた。口が「あ」の形になったので私だと気づいたようだ。私は微笑んで少しすました会釈をした。

その晩の風呂屋で「あなた、伊勢丹に勤めていたのね!」とオバサマから話しかけられた。毎晩遅くまで遊び歩いてる子だと思われていたらしい。若いのにしっかりしていると感心され、私が結婚して風呂屋に行かなくなり、子育てをするようになってからも、ずいぶん可愛がっていただいた。

今でも私は、広い湯船が恋しくなる。温泉の効能などは不要で、ゆったりと浸かれればただのお湯でけっこう。ただ富士山の絵は欲しいところである。

通っていた清水湯。今はマンションに。※画像はお借りしました

雪に包まれた美術館

たとえ狭くても、家に風呂があると寒い夜に外出しなくて済むのが有り難い。同世代の誰もが夢中になったスキーを未だにやったことがないのは、私がとても寒がりだということが大きいだろう。

これまで行った寒い場所でまた行きたいと思うのは、札幌と三峯神社、そして昨年訪れた那須だ。

那須にある『藤城清治美術館』は冬の静けさで、ゆっくり鑑賞するにはもってこいだった。その時のFacebookにはこんな風に書いている。

雪に包まれた「藤城清治美術館」へ。
モノクロの影絵のシンプルな美しさに見惚れながら進むと、突然カラーの世界が広がります。重ねられたセロファンを通して見る光は、心の中の風景を映し出すよう。紅葉も夕日も桜も青空も、これまで見た景色の一番美しい瞬間を思い出させてくれます。

セットの裏側を見られる回転舞台やプロジェクションマッピング、アトリエの再現など、作品以外も楽しめる仕掛けが随所にあり、本当に楽しい。
一番心に残ったのは、この美術館のオープン時に制作された大きな大きな作品。巨大水槽と鏡を利用することで、美しさだけでなくほとばしるエネルギーを存分に放出している感じでした。
被災地の復興の祈りをこめた作品たちは、そこに切れ長の大きな瞳の少女が登場しなくても、強く優しい意志が胸に迫りました。希望という言葉が似合う光と影。

敷地内の教会のステンドグラスは、雪の白さを受けてひときわ明るく。ここにも希望が。

ひんやりと冷えた空気は、心の目を開いてくれるのかもしれない。

お湯も好きだけど、水の風景も好きです

ちょっちょ
藤原竜也、藤井フミヤという大好きイケメンも思い浮かびつつ。分かる人には分かる藤岡弘、も思い浮かびつつ

1 個のコメント

  • 不思議な気持ちで、拝読しました。
    幼少の頃に戻り、ちょっちょちゃんのお母さんとの思い、銭湯、藤城清治さんの切り絵。
    話しする唯一の時間空間。
    今、振り返って書きとめられ、なんか似てる体験談や本当に~!!ちょっちょちゃんも!?

    なんか、他人と思えない不思議な出会いを改めて感じ、びっくりしてる自分がいます。
    ちょっちょちゃんの嬉しい時間が、目に浮かぶ文にも感動を覚えて、またあなたの魅力を感じてるところです。

    何故、びっくりしたか。
    話しさせて頂きます。
    お付き合い下さい。

    一緒に働きもののお母さんと、銭湯に一緒に行く時間はありませんでした。
    かまうことは、できる時間がなかった。
    正しい言葉だと、今は言えます。

    ただ、唯一、冷たい身体を擦り寄せ、既に寝て、爆睡中の自分に、びっくりして起こされた記憶はありました。
    「(っ﹏-) .。やめて~冷たい~!!」そう言って離れると……
    「だってー温かいんだもん!!」
    .°ʚ( *´꒳))ω`,,)ギュッって感じで、我慢し、寝てた記憶がひとつ。
    それでも、ある年齢から、母が亡くなる前まで、購読してた本の中に、ある物語が連載されてる時期だったようで、8年前、友人と縁ある地を訪ねた思い出があります。
    兄と布団の中で、その本の朗読を楽しみに唯一幸せ感じた、母親とのちょっちょちゃんと同じ大切に記憶に残る母との時間です。
    その時は、兄とくいるように耳を傾けききながら、いつの間にか眠りについていたのですが、自分は、その絵が当時白黒で、怖く、目を閉じたり、ちらちら、時たま見てはいたなと感じて、大人になり、その時間にふれたく、再会を知り、調べ、足を運んでます。
    ちょっちょちゃんの場所とは違うけど、そこも行きました。

    お母さんの購読本は、その人の足跡から察していただけたらなって思います。

    ꙳★*゚

    1974年(昭和49年)、「暮しの手帖」にカラー影絵の連載開始。1996年まで継続。

    1977年(昭和52年)、『藤城清治影絵画集』出版(講談社)。

    1978年(昭和53年)、花森安治死去。後を継ぎ「暮しの手帖」の表紙を描く。
    ꙳★*゚⸂⸂⸜(രᴗര๑)⸝⸃⸃不思議な感じでした。

    あと、母がよくこの歌の1番と3番だけ口にして、歌ってました。
    ちょっちょちゃんのお母さんと会ってたら、きっと共感し合い、肩をくみ、笑顔で頑張って行く同士だっただろうなと、感じた自分がいました。
    ちょっちょちゃんの場所にいて。

    …♪*゚
    曲名、仕事のうた

    【原曲】ロシア民謡
    【訳詞】津川 主一 
    【MIDIデータ作成協力】Iwakichsky

    1.かなしい歌 うれしい歌
      たくさん聞いた中で
      忘れられぬ一つの歌 それは仕事の歌
      忘れられぬ一つの歌 それは仕事の歌
      ※ヘイ! この若者よ
       ヘイ!前へと進め
       さあみんな前へ進め

    2.イギリス人は利巧(りこう)だから
      水や火などを使う
      ロシア人は歌をうたい 自らなぐさめる
      ロシア人は歌をうたい 自らなぐさめる
      ※(くりかえし)

    3.死んだ親が後にのこす
      宝物は何ぞ
      力づよく男らしい それは仕事の歌
      力づよく男らしい それは仕事の歌
      ※(くりかえし)

    1865年から70年にかけて作られたこの曲は、苦しい仕事に耐えながら歌う労働歌でしたが、10月革命の1905年頃には、革命歌の色彩を帯びてきます。当時の皇帝ニコライ二世はこれを何度も禁止としますが、禁止されるたびに新しい歌詞がついて広まっていったのです。
    そんな、歌を歌ってたお母さんの記憶です。
    共に過去に寄り添って、後悔先に立たずって言葉大切にして行きましょう!(笑)

    素晴らしい感性を、ありがとうございます。
    そして、大切な思いを最後に綴ります。

    誕生日のメッセージありがとう!
    嬉しかった。
    初めてもらった誕生日メッセージでしたからね!(笑)
    大切にします。
    これからは、ずっと祝える仲になれますように願いながら、コメントの手をやめます。(笑)ありがとうございました!!
    こちらこそ、いつもありがとうといつか、書いてちょっちょちゃんに自分も送りたいな。
    いいですね。
    達筆は、お母さん譲りですね!(笑)
    素晴らしい。
    誤字あったら許して下さいね。
    また、どこかでお会いしましょう!!

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    ちょっちょです。
    4人の子どもと4人の孫に恵まれましたが、パートナーはおりません。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん楽しんで、たくさん悩んだ波瀾万丈な人生。まだまだ面白がろうと思っています。
    私が感じていることが、どなたかの心に響けば幸せです。
    Ally(アライ)であることを表明しています。

    ※万覚帳(よろずおぼえちょう)とは、まだ余白がある帳面のことです。雑記帳、メモ帳