【み】神輿と三峯神社とミア・ファロー

ワクワク製造日

子どものころからお祭りが大好きだ。屋台での買い食いはもちろん、町の人が一緒に楽しんでいる姿を見るのも好き。地元のお祭り以外はなかなか行くことが出来ないが、友人がアップする神輿の写真を見ているだけでもワクワクする。

十代のころに初めて神輿をかつがせてもらったが、いやはや重労働でビックリした。あの時のふくれあがった肩の痛みも強烈だった。粋でいなせな祭り衣装の女性たちの心意気も体力も尊敬する。
でもでも、とても楽しかった。またかつぎたいと思ったが、それから一度しか機会は訪れなかった。

小学校PTAの校外委員として、子どもたちが神輿の綱を引く付き添いをしていたら、女神輿をかついでいたオバサマ方に「もう疲れたから由美子ちゃん代わりなさい」と、口調はやわらかだが命令を受けた。

地元というのは恐ろしいもので、誰も彼もにお世話になっている。喜んで交替したのは言うまでもない。

とてもワクワクした。

これから先はかつぐことは無いけれど、ずっとお祭りを楽しめるように健康でいたいと思う。

昨年の秩父夜祭での秩父神社の神輿。夜祭は煌びやかで勇壮な山車が活躍します

祈りと感謝を捧げる場所

ご縁というのは有り難いもので、以前から憧れていた秩父夜祭に2017、18年と伺うことができた。もっとも肝心な場面はまだ見ていないので、「次こそは!」と思っている。想いが完了していないのはステキなことだ。

行くたびに秩父が好きになる。

昨年、横浜の易者のオジサマから唐突に「三峯神社にお参りしなさい」と言われた。曖昧な話が進んでいたなか、急に具体的な場所を示されて驚いたが、強いご縁を感じた。

初めて訪れたときのブログがこれ。

三峯神社 ~標高1100mの神域~

2018.06.27

そしてビジュアルブックのご紹介はこちら。

三峯神社 ~ビジュアルブック

2018.07.06

丁寧に生きるとはどういうことなのかを、自然に考えさせてくれる場所である。
遠くから祈りと感謝を捧げる。

傷つきやすく尖ったひと

街というもの、街の名前を意識したのは、1960年代に放映されたテレビドラマ『ペイトン・プレイス物語』のペイトン・プレイスが最初だった。

母がたいそう夢中になっていたので、幼かった私の記憶にも鮮明にインプットされたのだ。白黒という理由だけでなく、ペイトン・プレイスの空気はなんとなくくぐもっていた。

主役の一人である痩せっぽちのミア・ファローは、とても傷つきやすい人に見えた。幼いながらも、この人が好きだと思った。

代表作である『ローズマリーの赤ちゃん』は怖くて観たことがないけれど、ミア・ファローは今でも私が最も好きな女優である。『華麗なるギャツビー』も良いけれど、何回も何回も繰り返し観たのは『フォロー・ミー』。少し尖ったところのある彼女が、尖ったところを失わないまま、心を通わせていく。絶妙な距離感もたまらない。

先日、友人がブログで、茨木のり子さんの『自分の感受性くらい』を取り上げていた。私から見たミア・ファローは、とことん感受性を守っている女優なのだ。

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

茨木のり子
詩集「自分の感受性くらい」より

いくつになっても尖った部分を捨てない。
そういうひとに私もなりたい。

『フォロー・ミー』のパンフレット。美しい映画です

ちょっちょ
五十音ブログで取り上げる人はたいてい思いつきなんですが、【み】は始めたときから決めていました。

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ちょっちょです。
4人の子どもと4人の孫に恵まれましたが、パートナーはおりません。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん楽しんで、たくさん悩んだ波瀾万丈な人生。まだまだ面白がろうと思っています。
私が感じていることが、どなたかの心に響けば幸せです。
Ally(アライ)であることを表明しています。

※万覚帳(よろずおぼえちょう)とは、まだ余白がある帳面のことです。雑記帳、メモ帳