【も】木馬とモテ期とモモ

チベット語では『希望』

2019年4月1日、新年号『令和』が発表された。

繁忙期の職場で、「メイワだって」「ヘイワ?」「どんな字ですか?」なんて声がおぼろげに聞こえてくる。仕事に集中していてすっかり忘れていたが、新年号の発表だ!!!

ネットで検索したら『令和』。みんなの声からは“レ”の音がうまく聞き取れなかったが、自分で発声してみると軽やかで優しい響きだと思う。万葉集が出典というのも嬉しい。今年奈良に行く予定にしているので、何かの縁に感じる。

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のリツィートで知ったが、レイワはチベット語の「希望」ととても音が似ているらしい。

https://mainichi.jp/articles/20190402/k00/00m/040/036000c

「望み,希望,期待」という意味のརེ་བ། (レワ)に聞こえるということだ。気持ちのよい偶然。

新しい年号とともに、私もまた一歩踏み出せるといいな。回り続ける回転木馬が、軸から外れるように。

またまた大好きなメリーポピンズのシーン。この後、有名な『スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス』へ

そろそろ半世紀

三つ目の年号を迎えるにあたって、人生に一度はやってくるというモテ期を振り返ってみた。私は小学3、4年生。もちろん昭和だ。

当時そう思っていたわけではないが(そもそも“モテ期”という言葉が存在したかどうかも不明)、思い当たる年代が他にないから、そういうことだろう。

外遊びをしないとはいえ、明るく元気で気さくだったので話しやすかったのではないだろうか。いろいろな子がよく家に遊びに来てくれた。
高学年になると、可愛かったり、優しかったり、守ってあげたくなったりな雰囲気の子に人気はシフトしていき、その後そこに、綺麗だったり、品があったり、しっかりしていたりが加わっていき、かくして私は傍観者となっていったわけだが、だからこそ小学3、4年の思い出は貴重なのである。

その頃の同級生で、いまだに私のことを「初恋の人」と言って別扱いしてくれる友人がいる。長い付き合いで時々本気で腹の立つこともあるのだが、とにかく義理堅いのだ。彼が結婚する際には、我が家に彼女を連れてきて紹介してくれ、結婚式でスピーチをしてくれと頼まれた。

「同級生女子、そもそも出席自体もどうかと思うのに、スピーチは変じゃない?」と聞くと、「いいからやって」と懇願された。それほど言うならと引き受けたが、披露宴当日は本当に驚いた。司会の方から「新郎の初恋の方からご祝辞を賜ります」と紹介されたのだ。

8歳も年下の綺麗な新妻の前で、4人子育て中の疲れた私に何を言えと。まあ、もちろん、「おめでとう」を言ったんだけどね。
「小学校時代よく泣かせた私とも、いまだにこうして付き合いが続いているのは、ひとえに彼が忍耐強い性格だからではないでしょうか」とかなんとか言ったような。

まあ、なんだかんだとネタにしても怒られず、有り難いことだと思っている。

「このブログに登場したい」と言われた先日の花見での一枚

時間、じかん、ジカン

十分ご存知だと思うが、私は思い出話を語るのが好きである。これから起こる新しい出来事に思いを馳せるのも好き。

だが、シンプルに言ってしまえば、過去よりも未来よりも“今ここ”がもっと好き。いろいろな用事が詰まっていても、あまり「忙しい」と感じることがない性質である。そんな私が、最近は「忙しい〜」と口に出すことが増えた。

原因は分かっている。仕事の先がうまく見通せないでいるのだ。能力不足というのは悔しいので、もう少しあがいてみようとは思っているが、そういう訳でちょいと忙しい。

こんな時だからか、『モモ』を読み返してみる気になっている。ミヒャエルエンデの作品は『はてしない物語』のほうが好みだが、いま読むとしたら『モモ』なのかなと。

概念としての時間を、あらためて見つめてみたい。

ダリの『記憶の固執』も今の気持ちに合ってる気がします。
※画像はお借りしています

ちょっちょ
あっという間に4月。春は自然と新しい気持ちになれますね。

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ちょっちょです。
4人の子どもと4人の孫に恵まれましたが、パートナーはおりません。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん楽しんで、たくさん悩んだ波瀾万丈な人生。まだまだ面白がろうと思っています。
私が感じていることが、どなたかの心に響けば幸せです。
Ally(アライ)であることを表明しています。

※万覚帳(よろずおぼえちょう)とは、まだ余白がある帳面のことです。雑記帳、メモ帳